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物流時報



かつてアメリカ国籍の大手コンテナ会社は3社存在した

US Line, APL(American President Line),Sea-Land の3社である。

1987年USLは船の大型化とターミナル運営に失敗、倒産。

APLは1997年にシンガポールのNOL(Neptune Orient Line)に買収された。

残る一社のSEA-LANDも1999年にデンマークのマースクラインによって買収され、アメリカ国籍の大手コンテナ海運会社は消滅した。

しかし、アジア・欧州に匹敵するコンテナ物流の基幹航路であるアジア・アメリカ航路にあってはアメリカの大手輸入顧客であるデパート・マーケットの取引が基本的にFOB(受け荷主に船積み決定権がある貿易形態)をとっていることから、営業戦略上NOLはAPLの名前を残し、というより、APLを前面に出しての営業展開を進めている。(日刊サン物流時報12月号で言及)

デンマークのマースク・ラインも当初はマースク・シ―ランドと呼称していたが、最近はマースクを前面に出していた。

しかし、マースクはここにきて、方針を変更し、アメリカ地域を中心とするIntra-AmericaにおいてSEA-LANDの名前を復活させると発表した。

SEA-LAND社は、ご存じのように世界で最初のコンテナ船を就航した会社である。
ここで、ITS名誉会長の浅見紳太著「人生・夢航路」から、SEA-LANDがコンテナ船を発表した当時の様子を引用する。

『ひとつだけその後の私の人生を大きく左右する出来事があった。1963年だったと記憶している。今(当時)のシ―ランドという会社のオーナー社長であったマルカム・マックリーン氏からパーティーの招待状をもらった。

コンテナ船というものを作ったので、その披露パーティーをやるという。ニュージャージーのポート・オブ・ニューアークで、レセプションが行われた。船はタンカーをコンテナ船に改造したものであった。

「本日は、私の母の誕生日です。この日を記念して、私はコンテナ船をヨーロッパに向けて出港させます。私はこのコンテナ船の運航に生涯をかけて取り組みます。皆さんも、これを祝福して応援して下さい。」

マックリーン氏は、静かに信念を持って話された。私は、すぐには、コンテナ船をイメージすることは出来なかった。この船がどういう船なのか。将来に対しどういう意味を持っているのか。判断が出来ず、列席者と共にただ呆然としていた。

今では、貨物輸送の常識になっているコンテナ船は、この日、シーランドが初めて、その存在を世に問うた訳である。

コンテナ船のメリットとは、全天候型で、どこまでもこのまま持って行けることです。」

マルカム・マックリーンという人物は、もともと、トラック運送を手がけていて船乗りではない。トラックで持って来た荷物をそのまま船に積むという発想だった。』

長い抜粋となったが、50年前、初めてコンテナ船が登場した当時の状況、そしてそれを見た人の感想を代表するものである。

50年前に世界で初めてコンテナ船を就航させ、世界中を「あっ」と言わせたコンテナ創業社であるシ―ランドでさえ、世界の貨物物流の大きな荒波にのまれ21世紀をまえに他国の会社に吸収されてしまった。

マースクはこのままシ―ランドの名前を消滅させることができるはずである。
今、なぜ、改めてアメリカ周辺の航路でシ―ランドの名前を復活させようとしているのか。

今回、アジア・北米の大きなアライアンスの再編の動きの中で、第三国であるデンマークのマースクが当事国 アジアと北米、そしてその周辺に対してコンテナ創業のシ―ランドの名前を前面にだすことが戦略上優位と判断した結果であるのか。

実施は2015年年頭からとのこと。1年かけて調査・分析を続けたい。







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