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西海岸労使交渉 東海岸労使交渉

TSA(太平洋航路安定化協議会)が2月8日で、解散、消滅したことはすでにふれた。

TSAは本来協議会という形態から組織としてメンバーを強力に拘束する力はもっていない。

あくまで、航路安定に向け、メンバーの自主的な判断により運賃やサービスの提供がなされ、
よほどの逸脱がなかぎりのおいて、また、FMCのルールに抵触しない範囲での活動が行われていた。

これは私の私見が、TSAがもっと光輝いていたのは、1999年から2001年にかけてではないだろうか。

当時、私はCOSCOの北米航路の営業担当でサービス・コントラクトを含む運賃交渉の最先端にいた。

1990年台後半からはじまる中国出し貨物の増加にともない、各船社はスペースがタイトとなり、
ブッキング(船積み予約)がなかなか、取れない状況が続いた。

スペース多寡による運賃の下落を停めるため、この時期を逸してはと船社が一斉に運賃の値上げを実施した。(GRI General Rate Increase)

1999年、40フィートで$400の値上げであった。しかし、船社は強気で交渉を進めた。
特に、自社の運賃をファイルする必要のあるNVOCCからの反発は凄まじいものがあった。


日本出しが減少するなかで中国からの貨物はどんどん 増えて、船のスペースは中国出しが優先となるとも増えてきた。

香港、上海を中心に出荷したい荷物はやまほどあるのである。
中国の荷主は運賃を余分に払ってでも積んでくれと言ってくる始末。

こうした状況が続くと日本ペースはまったくなくなってしまうかもしれないという、危機感が
船社にも荷主にもあり、それが要因で結果的に値上げを受け入れざるを得ない状況ができた。

値上げは成功。しかも聞きなれないPSS(Peak Season Surcharge)まで
適用する始末。


船社にとって久しぶりに味わう我が世の春であった。

続く








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